練馬区大泉町

アトム動物病院


 たま子がいなくなってから二年が過ぎた。この時代は私達は必死に自転車操業をし、digitalphotoにまい進し、ついにスキャナータイプのデジタルカメラAGFA STUDIOCAMを導入、電塾にも参加し出した。まだ、銀塩写真の扱い量も多く、小さく安い仕事を大量にこなしては、深夜新宿の日本発色にファイルムを届け、スタジオに帰ってはMACに向かい合い再起動、再インストールと戦い(今となっては全て扱いが悪いだけだったのだが、当時はコンピューターとはこういうものだと思っていた。巷ではMACとPhotoshop って不安定だ、と言う「うわさ」がまことしやかにささやかれていたっけ。)、また明け方に新宿までフィルムの上がりを取りに行くという生活で、アルバイトはやめたものの、一日にとぎれとぎれで2〜3時間しか睡眠をとれない日々が続いていた。当然“おかく”にかまってあげる時間はなく、どちらかというと“おかく”は人間に合わせて生活していたように思う。それでも“おかく”は11才のこの頃までは健康だった。その後、また新しい猫が家族となったり、“おかく”の体調が崩れ出したりして、また“アトム動物病院”にお世話になる回数が増えてきた。アトム動物病院さんには数年に及ぶ“おかく”のカルテが保存されている。
 少し良くなり、また、悪くなりを繰り返して最初は3ヶ月に一回くらい。最後は三日に一回病院に通うことになった。最初に見ていただいた奥様は、(ご夫婦で病院をやってらして、当初は交代で運営していらしたらしい)子育てが忙しくなり、その後は院長先生に見ていただく事になった。同じ青森県出身だったこと、またお互いにMacとPhotoshop を使ていたこと、手術の写真の取り方の相談を受けるということもあり、とても仲良く、そして親身に(これは何も私達だけでなく、どなたにもそうなのだが)面倒を見ていただいた。

“おかく”のカルテを取り出し、チェックする米沢先生。

受付のお姉さんはとても“おかく”を可愛がってくれた。多分これは帰省か旅行のために“おかく”を預けに言った時の写真