台東区浅草橋5丁目

その後 2002年12月

 そうそう、“アトム動物病院”の院長先生はあまりに心配だったのか、翌日にわざわざお電話を下された。

 早川塾長からも励ましのメールをもらった。
 北海道の山田さんも教えてくれた。…そしてもう何十年かして、きっとまたあの世とやらで会えるだろうと。いつまでも小猫のような姿と大人びた微笑を持った“おかく”に。
根岸さんには“おかく”のためにこんなきれいな献花を贈っていただいた。これは天国のお花なのかしら?

 そろそろ夢にでも出てきておくれ。あたし達はもう少し“この世”で未練やら、あたしたち程度の人間でも、仕事やら、友情やら、愛情とともに生きていく事が必要なんだ。

 だから思い出の中で、夢で良いからあたしを慰めておくれ。結構未練がましく、わがままな飼い主だったのはあんたが一番よく知ってるだろう?

 おかく”の夢を見たい、夢で良いから会いたいとずっとそう思っていた。
でも“おかく”はなかなか現れない。
 3ヶ月を過ぎたあたりからやっと“おかく”の影を見ることができるようになった。
会社や、自宅のそこここで、“おかく”らしき姿が目のはじっこに入る。
 脱衣所の籐のカゴの中、ベッドの上、キッチンの隅っこ。そして会社の棚の奥、(実は“おかく”は岩本町のスタジオには一度も来たことが無かったのだけれども)撮影台の下。

 そしてそのころになって(実はほとんど古い友人達には連絡できずにいたのだが)“おかく”は元気にしてる? っていう挨拶が増えだした。
 中には“おかく”は死んだんだよって、聞いた途端に泣き出してくれる友人もいたり、“おかく”を知らない方々から日記を読んだよと連絡をもらう事もある。
 皆“おかく”のファンなんだそうだ。なんて幸せな猫なんだろう?